最近心に残った言葉2つ~その9

1307jyouhou01 七尾佳佑会員


◎病院へ戻さないで欲しい 

(映画“愛・アムール”の中での、妻から夫へのことばである。2013.6.3.シネマ・アイリスにて)

・悠々自適の老後を送る音楽家の夫婦。満ち足りた夫妻の日々、ある日妻の発病で暗転、妻の願いを汲んで自宅に帰り献身的に支える夫、その日々の営みである。これは老老介護の現実と重なっていると感じたものです。


◎ にしゃんた
(スリランカ人で、羽衣国際大学で准教授)のことばである。

 

今の「若い人」に貧しさを経験して欲しいものだ。そのため、過去に放映されたNHK連続小説の“おしん”(1983年)を、見て欲しいと語っていた。(2013.6.8.「ラジオ明日へのことばの中で」)

・スリランカ人から日本に夢を抱いてきた男性である。 40代に日本人女性と結婚し、日本国籍を取得している。(本人は結婚前に日本国籍を取得済みとのこと。)自国と日本を比較すると、今の「日本の若い人」は、貧しさの経験が少ないので、現況に負けないように努力して欲しいものだと、幾度も語っていた。

 

アイヌ文化研修会に参加して(第3回)

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種田義信会員

 

一方アイヌの起源や初期の歴史については不明の点が多いが、アイヌ文化振興機構刊の「アイヌ民族歴史と現在」によると、「アイヌ」とは「人間」を意味し、12~13世紀後期以降に民族としてアイヌ文化の社会へと変容していった。 「アイヌ文化」が実態として形成されるのは、近世の17世紀に入ってからだと言われている。

「アイヌ民族」とは、その昔樺太・千島・北海道そして東北北部に居住した蝦夷(えみし)と呼ばれた人たちを、和人(倭人・わじん)と対比して総称した呼び名です。 なお和人とは、日本国の中で一番人数の多い人達のことを、アイヌ民族に対して呼んでいる人達の総称です。と説明している。

古代の記録には蝦夷(えみし)と呼ばれる集団が登場します。 「日本書紀」によると阿倍比羅夫(あべひらふ)遠征(658~660年)には、津軽・ぬしろ(能代)・秋田などのエミシとともに渡嶋(わたりしま)が出てくる。この渡嶋が北海道とみられるが、東北地方の一部であるとの意見もある。
 また、659年の記述には、遣唐使の一人が唐の皇帝の質問に答えて、“エミシには、遠くの都加留(つがる)、次のアラエミシ、近くの熟蝦夷(ニギエミシ)の三種類があり、熟蝦夷は中央の朝廷に対し貢物を差し出して服従している。” と述べている。

エミシとは、日本国北方に居住する人達など特定の集団をさすのではなく、朝廷に従わない者をさすのが一般的であり、朝廷の支配下にあったアイヌを俘囚(ふしゅう)と呼んだ。
他方、東北地方の北部にはアイヌ語とみられる地名がある。
このことはエミシの中にはアイヌ民族の祖先が含まれていたと考えられる。

1307jyouhou05平安時代の後期に、東北地方は平泉を中心とする奥州藤原氏が支配するようになり、12世紀の後半になるとエミシの呼び名はエゾ(蝦夷)と呼ばれるようになった。
その後、藤原氏は源頼朝軍に滅ぼされ鎌倉幕府が成立し、蝦夷(えぞ)という呼称が使用された。